今サーフィンから帰ってきたところだ。

ネットだけどな
さて、そこでこんなものを見たんだ。
それをみてこう思ってしまったのだ。

なんだこいつら馬鹿じゃないのか?捕まることすら想像できないのか?
最近こんな事件が多いように思うのだ。これ以外にも最近道にロープを張ってお年寄りのミニバイクを転倒させたとかで殺人未遂で捕まったやつらがいたように思う。

ちょっと想像力が足りないんじゃないのか?
はっきり言ってしまおう。

日本人ってちょっと馬鹿になったんじゃないのか?
以前から私は日本の若い子と話すと感情がやや足りないと感じることがあった。ふつう伝わるようなことに怪訝な顔をしたり理解するのに少し間が開いたりするのだ。
難しい話題では致し方ないが、普通の話題である。というより感覚的なことが若い子に伝わらないと思ったことが何度もある。そしてわたしが感じていたのは想像力の欠如である。
バイトテロ問題は根深い
似たような問題にバイトテロがあるがこちらはちょっと根深いと思う。社会的に成功もできず搾取される立場の子たちが、その不遇の立場がやりきれなくてそういう行動をしている面もあると感じるからだ。フリーターと正社員の立場の差が隔絶してしまい、正社員になりたいのにその道を閉ざされている若い子が自暴自棄になってそういう行動をするのは理解できる気がするのだ。
しかし最近の事件はそれとはちょっと違う。
犯罪は犯罪でしかない、犯罪者は犯罪者にしかなれない
犯罪というのは時に思わずして犯してしまうこともあるかもしれないがそれでも社会から見たら結局は犯罪者でしかない。犯罪者は犯罪者でしかなく成功者でないことは明らかだ。
つまり、誰もが理解しておくべきことは犯罪者になってしまうと成功者になれないということである。成功者といっても莫大な富を持つとかそこまでの話じゃなく。小さな会社で社長まで上り詰めたとか、大企業で部長になったという程度の成功者にもなれないということだ。
生きる意味なんてそんなにない、あるとしたら自分なりに成功することだけ
誰もがこれをするのが生きる意味だなんていることはそうそうない。スポーツ選手でも目指せば別だが、何をやりたいかなんてそうそうわからないし、探しても見つかるものでもないだろう。

それが人生というものではないだろうか
そう、我々はすくなくともそれぞれが成功するために生きているのだ。そうじゃなくても生きている意味があるといえる人もいるだろう。そういう人は幸せに生まれついただけだ。
そしてさっきのことをもう一度振り返ってほしい。
犯罪を犯しては成功者にはなれないのだ。
もちろん更生して成功することが全く不可能なわけじゃない。しかしどんな小さなものでも成功することは難しいものだ。それを犯罪者になることでさらに難しくすることはないし、あまりに難しいと行き詰ってしまう。
今はまだ子供の君たちが(…といってもおっさんもおばさんも読んでくれていると思うが)いずれ大人になった時になんでこんなにつらいのに生きているのかなあとか思ったりもするはずだ。
その時に見つかる答えなんてそうそうあるもんじゃない。あるとしたら自分なりの成功を掴むことくらいだ。
だからその成功のチャンスを失ってはならない。
生きる意味なんてそうそうない。あるとしたら大志を抱くことくらいだ。大志を抱いているうちは死ぬまでは生きる意味を多少なりとも感じることができる。苦難も乗り越えることができるだろう。それを失ったら終わりだ。
だから少年よ!大志を抱け!
つまらない犯罪を犯してはならない。

わかったかな?道徳の問題じゃないんだ