習慣が人間をつくる

どっかで聞いた言葉です
20年近くテレビを見ていないJUZOです。
テレビをみることがない私ですがTwitterでテレビがわりと話題になっているのを目撃し、いまだにテレビ見る人いるんだな~なんて思っています。そして実家に行ったりすると、親はずっとテレビ見ていますね…。もう不気味な感じしかしません。朝起きてから夜寝るまでずっとテレビを見ています。もう脳が病気になっているんですよね。
スマホ中毒と同じです。食事中も全くわき目も降らずテレビを見続けています。
ほんと不気味ですよね。
そういう私もネットばかり見ているんだから見ているものの違いでしかありませんが。
しかしテレビとネットでは全く意味が違います。そのことも含めてテレビ不要論を主張してみたいと思います。
テレビを見ていると終わります…これからは思考力の時代です
テレビとインターネットは何が違うかといういうと再際のものはテレビは自分が見たいものではないというとでしょう。インターネットは自分で見たいものをどんどん選んでいきます。そのため思考力が全然変わってくるんですね。
例えば、テレビでなんかのドラマを見ていて詰まらないからニュースを見たとしても流れてくるニュースは相手(メディア)が決めるものなんですよね。
一方インターネットは自分で見るものを決めるわけです。そしてその見るものを決めて関心を持ったらもっと知りたいと思ってどんどん調べていく。こうして思考能力と知識そのものがどんどん深まっていくわけです。
テレビだと受動的に知識を受け入れるだけで思考とは全く関係ありませんし、深まっても行きません。
そしてTwitterを見ているとものすごい色々考えている人も多いし知識も深いんですよね。もはやみんな本の著者レベルの出専門知識をさらっと語っているんですよね。

日本人なんか進化している…
日本人は集団主義であまり自分の意見を持っていない気がしていましたけど、それがおそらくTwitterやインターネットの進化でずいぶん変わってきたということなんですよね。すべーとよく思っています。
しかし一方でそれに全く乗れていないひともいる。
テレビばかり見て思考力がない人は出世も出来ない
例えば昔だったら日本d育って人にディベートなんてやらせたら内しゃべったらいいんだろうみたいな感じになってあまりできなかったと思うんですよね。
それが今だったらどうでしょう。
堂々とオリジナルな意見を言える人がすごい増えているんじゃないでしょうか。
ちらっと聞いた話では大学入試も、学力よりもコミュニケーション能力が重視されているとか?
ちょっとわかりませんが、こういった思考能力や表現力がこれからの資本主義では必要とされるのではないでしょうか。
個性がお金を生み出す時代、個性がないと淘汰されます
個性があってちょっとでも人気があるような人ならYoutubeにでさえすればすぐにお金くらいは稼げます。しかし個性がないと延々とサラリーマン(正社員)になるために下働きをしてやっとなれたとおもっても死ぬほど安い賃金しかもらえないとか悲惨な運命が待っているのは明らかです。
こんな時代にテレビなんか見ていいたら自己教育の真逆ですよ。
つまり何税痛いかというと、テレビは個性を殺すもので、インターネットは個性を増幅させるものなのです。
その理由は一番初めに述べた受け身か脳糖的かということにもあるんですが、それ以外にも理由はあります。
それはテレビは検閲されたメディアだということなんです。それぞれのメディアが何らかの背景を持っていて、都合の悪いものは報じないんですね。
その検閲されたメディアを見ているということは自由な思考ができないんです。ある意味今思いつきましたが、情報が統制されている共産圏、遠國中国や韓国では人材は育ちにくいでしょう。ロシアはどの程度かわかりませんが、自由な思考は育たないと思います。もちろんネットまでもが制限されている国は限られるかもしれませんが。
こういう時代に検閲されたメディアを見て育つということはかなり不利になるのは間違いありません。いますでに大人の方はネット中心に移行した方がいいでしょう。
また若い人、子供はぜひとも健全な形でインターネットを活用してテレビからなるべく離れるようにすることをおすすめいたします。